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2012年6月

2012年6月29日 (金)

静と動

夕方、『怒り新党』の収録を覗きにいく。

この回の『新3大○○』、

会議でその素材を見た時に、

「この素材をやるならば、

 最後は泣かせる位じゃないとダメだな」

と思っていた。

素材ものは食材と同じ。

どう調理するかだ。

で、反応が気になったので

スタジオに行った訳だが、

泣いていたのは俺だけだった。

俺は自分を泣かすために作っていたのか。

 

夜、家で酒飲みながら

録りだめていたNHKBSの『宿坊』を見る。

長崎・霊源院の和尚さんの言葉が目から鱗だった。

酒飲みながらだから、

正確な言葉は覚えてないが、

座禅で悟りを得た人はいないそうだ。

えっ、まさか、じゃ何のために?だ。

で、

翌朝の雑巾がけの時に和尚さんは言った。

こうして体を動かしてる時に

悟り(いいアイディア)は生まれる。

悟りは動から。

でも、その為には、

静(座禅)が必要なのだと。

座禅をやっても何も浮かびません。

でも、座禅がとけて足を崩した時に、

ふいに悟りがおりてくる事があると。

静と動の話は面白かった。

喫茶店やヒルズ図書館に何時間もいる事は

俺にとっての座禅。

また無駄な時間を過ごしてしまった

と反省する事も多かったが、

それを聞いてちょっとほっとした。

2012年6月27日 (水)

『ちょいと一杯ひっかけたい男達』

『内村さまぁ~ず』の会議の時に、

演出の飯山ちゃんに、

「この間のOA

(『ちょいと一杯ひっかけたい男達』)、

  相当面白かった」

と言うと、

「それ、何人にも言われた」と言っていた。

やっぱりそうなんだ。

その回の内容は、簡単にいえば、

酒を飲みながら、

普段は聞けないような真面目な話をするといったもの。

酔っぱらった三村さんのリードがよかったのか、

ゲストの東京03が

コントに真摯な3人だったからよかったのか、

ほろ酔いながらもトークは終始、

真面目なコント論、お笑い論、芸人論が語られ、

まるで収録後の芸人さんたちの飲み会を

覗かせてもらっているようだった。

この番組がキー局の地上波の番組だったら、

おそらくこんなに自然体で語られなかっただろうなと思う。

ネット配信

(東京の地上波では何週か遅れてMX)

の番組ならではの良さなのだろう。

いい意味での油断。

内村さんやさまぁ~ずの

あんな質のいい話はなかなか聞けない。

雑誌だったら、

聞き手の解釈がそこに入ってしまうし、

『プロフェッショナル』だったら、

もっと気取った切り取り方をされてしまうだろう。

顔ぶれ的にも

今ネット配信で最も貴重な番組じゃないのかな。

 

2012年6月22日 (金)

カープ芸人

普段は数字を気にする番組じゃないんだけど、

昨夜の『アメトーーク』の

『広島カープ芸人』の数字が良くてホッとする。

いつもより数字が悪いと、

それを見た業界人が、勝ち誇ったように、

「ホラ、やっぱり野球は数字がないんだ」

と言いそうな気がして。

ああよかった。

『怒り新党』の『新3大〇〇』で

野球ネタをやる時もそうだけど、

(近鉄2回も、ダル、西口)

会議では逆に気をつかう。

俺が野球好きな事をみんなが知ってるだけに、

ゴリ押しにならないようにと、

“カープ芸人”の企画が上がった時も、

つとめて冷静に

「ああ、できるよね」と大人の対応。

心の中ではガッツポーズなんだけど、

“他のネタと俺の温度は一緒ですよ”感を出す。

で、やると決まると、

次の会議でネタを厚めに提出して、

“カープってネタあるよね”感を出す。

という具合に、

常に“肩入れしてませんよ”感を演出しながら、

がっつり口出し。

俺よりも野球に詳しい作家の(岩本)哲に、

「前田伝説だけでも一本出来ちゃうんじゃないの?」

「前行ったマツダスタジアム、あそこ日本一だよね」

と隣りにいる哲を鏡代わりに意見を反射。

そんなこんなで、

収録も心配で途中から立ち会ったが、

内容も数字もよくて大満足。

誰も気づいてはいないが、

ひとりで勝手に責任を感じ、

ひとりで勝手に肩の荷が下りたと胸をなでおろした

この1,2か月だった。

ホントはパ・リーグファンなんだけどな。

2012年6月20日 (水)

『ダンス甲子園』

ある番組のミニ会議の雑談の中で、

何故かテレビのおけるダンスの話になり、

で、何故かその番組の若い総合演出が、

俺が昔『ダンス甲子園』を担当していた事を知っていて、

懐かしい記憶が一瞬だけ蘇った。

昔話をするのって照れくさいから、

早めに切り上げようと、

あえてそこでは言わなかったが、

『ダンス甲子園』が何故、

3シーズンで終ってしまったかと言うと、

ブームが去ったからでも、

主要メンバーがいなくなったからでもない。

そこまでずっと一緒にやってきた高須さんという

担当ディレクターが、

シーズン3の途中で番組を外れたから

(『浅ヤン』に移籍)。

僕も高須さんも映画が好きで、

『仁義なき戦い』シリーズとか

『エイリアン』シリーズとか、

『ビーバップ』とか色んな映画や、

あるいは野球にあてこんで、

キャラ設定・ストーリー設定をしていて、

本当はLLが抜けた後、

群雄割拠の時代が到来して

もっと面白くなるはずだったんだけど、

肝心の担当ディレクターが変わってしまった。

別に後の人の責任ではない。

立ち上げたディレクターが変わってしまうって、

そういう事なんだよな。

『元気』の総合演出・伊藤さんがやめた後、

総合演出が10人位、コロコロ変わってたけど、

それは能力の問題ではなくて、

ヒット番組の総合演出って

そんな代用がきくものではないんだよな。

それは自分が今やってる番組も同じ。

加地くんの代わりは誰も出来ない。

藤井さんも飯山ちゃんも古立くんも同じ。

優秀な総合演出に後継者なんてありえない。

誰が歌おうが

カバー曲はあくまでカバー曲でしかないんだよな。

2012年6月19日 (火)

『隣る人』

前日『アメトーーク』の元ADの大石に、

日テレで偶然会った時に薦められた

映画『隣る人』を観る。

ある児童養護施設の8年間を追ったドキュメンタリー。

そこにいる子供たちはみんなどこか情緒不安定。

画面に出る事のないその子達の親に

苛立ちを覚えながら観た。

すると、後半、

ある子供の母親が面会にやってきた。

母親の耳はピアスだらけ、

玄関で平気でタバコを吸う。

その子は母親になつこうとしない。

心を許していないようにも見える。

母親の家に泊まる機会を与えられても、

その子は施設に帰りたいという。

今までずっとそばにいてくれた

保育士のマリコさんがすでに母親以上の存在となっていた。

Photo

この映画のポスターは秀逸だ。

確かにどの子も担当の保育士の胸に顔をうずめ、

両手をがっちりと腰に回し、

離れようとしない。

そんな象徴的なシーンが

日常のものとして何度も出てくる。

驚いたのは上映後、

この映画を撮った刀川監督が舞台挨拶に現れた、

ロビーでパンフレットにサインをしてくれるというので、

サインをもらいがてら、

監督に気になった事を直接聞いてみた。

『あのピアスの母親は普段一体何をしてるんですか?

祖母と一軒家に住んでいて、

何で子供を引き取ろうとしないんですか?』

俺は半分怒っていた。あの母親に。

どうなってんですか、監督、と。

ところが、刀川監督、

取材対象のプライベートには一切触れずに、

真面目に俺に語りかけてきた。

そうなんですよ、

親子って何なんですかね。

人と人との繋がりって何なんですかね。

語りだしたら終わらない雰囲気だった。

ドキュメンタリーが撮れる人って、

こういう人なんだな。

 

2012年6月 9日 (土)

音楽の会

午前中、

子供の“音楽の会”に行き、

周囲の予想通り、泣く。

年2回の“音楽の会”。

子供はもう最終学年なので、

残すはあと1回だけとなってしまった。

 

夜、後輩作家の村上の披露宴に出席。

盛大な式だった。

村上も『元気』の『放送作家予備校』出身。

俺や田中の代が1期。

村上や都築らは2期となる。

当時は作家集団といっても、ほとんどが学生。

先輩作家もいなければ、見習い期間もなく、

いきなり実践の中で

それぞれが勝手に学ぶというスタイル。

審査で受かった60人位が

1年程で10人位になり、

そうするとまた作家を募集する

という事が何度も繰り返された。

あの頃は3か月先の生活も見えなかった。

正直、仲間だろうが、後輩だろうが、

人のことなどかまっている余裕などなかった。

そんな当時の事を思うと、

よくぞここまで頑張ったよなあと。

泣きはしなかったけど、

俺たちの歴史がこうしてひとつづつ刻まれていく。

あとは中野の結婚だけだな。

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