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2012年2月

2012年2月28日 (火)

『歎異抄』

親鸞の教えが書かれた書として知られる

『歎異抄』。

日本史の教科書にも出てくるこれは、

親鸞の弟子の唯円が書いたもの。

日本史は好きだったので、

そこまでは何となく覚えていた。

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しかし、

この本を読んで、

何で唯円が『歎異抄』を書いたのか、

その理由を初めて知った。

まず『歎異抄』とは

『異を嘆く』という意味。

異とは何か。

簡単に言うと、

師匠の親鸞が死んでから、

親鸞の教えとは“異”なる解釈や振る舞いをする連中がやたら出てきちゃったんで、

それを嘆いて、

だったら自分が直接師匠から聞いた言葉を

正しく書き留めておこうとしたものらしい。

おそらく

『昔、親鸞が俺に言ってたんだけどさ』

という見も知らぬ輩が現れ、

『親鸞的に言うとね』と、

唯円がそこにいるとも知らず

語り始めちゃったのだろう。

わかる。

俺の場合、師匠にあたるのが、

(テリー)伊藤輝夫さんなんだけど、

今語られている伊藤さんのエピソードは

かなりデフォルメされたまま、

間違って独り歩きしてるものが多い。

それは、

本当はその場にいなかった人たちが

あたかもその場にいたかのように

面白おかしく語るもんだから、

どんどん不思議な話になっていく。

例えば、

今のバラエティのスーパーは

いつから始まったものなのか

という話がたまに出るが、

いつのまにか伊藤さんが

『元気』で始めた事になっていたりする。

実際の伊藤さんは画を汚すのが嫌いな人。

常に画の強さを追求してた人が、

あの当時わざわざスーパーで画を埋める事はしない。

もっと本質的な部分でテレビを変えていった人なのに、

本質を語られる事はなく、

本当は近寄りがたい程ストイックな人だったのに、

真面目な部分は見事に割愛されている。

『歎異抄』

僕は唯円のように、

わざわざそれを訂正する気はないけども、

昔も今も、

カリスマ的な人には必ずこの

『歎異抄』問題~ホントは違うのに~

はついてまわるんだろうな。

2012年2月27日 (月)

『ドラゴン・タトゥーの女』

『ドラゴン・タトゥーの女』を観る。

評判通りの面白さ。

が、それよりも何よりも、

この女優さん、

めちゃくちゃストライクだった。

タトゥー、ピアス、髪型、体型、喫煙、

全て込みのワンセットで。

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外国作品で女優さんにのめり込むなんて、

久しくなかったな。

テイタム・オニール以来じゃないか。

 

田中慎弥さんの『共喰い』を読む。

正直、会見ほどではなかった。

俺は文学的センスがないのか、

いつも芥川賞作品ってどれも同じ印象。

ただこれだけの事を

何でこんなに難しく書けるんだろうと感心するだけ。

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それよりも、今読んでいる

『吉本隆明が語る親鸞』が面白い。

まだ半分ぐらいだが、

すでに何度も声を出して笑っている。

親鸞さんの教えとは、

我々の会議でいう『逆にいうと』の理論なのか。

『逆にいうと、厳しい修行はしない方がいい』

『逆にいうと、念仏を唱えるだけでいい』

『逆にいうと、それを10回も唱えなくても1回で充分』と、

読めば読むほど心が楽になる。

99ページに出てくる

『一回りした挙句に出てくる、平凡な答え』

というのも、

非常に勇気づけられたフレーズ。

四六時中テレビの事を考え、

悩みに悩んだ人にだけ許される、

最後はシンプルに考えようという教え。

確かにイチローも

『強い打球を打ちたい』としか言わないし、

野茂も

『基本はストレート』としか言ってなかったもんな。

さすがは親鸞さん、

まだ半分しか読んでないのに、

メモりたくなるお宝的なフレーズが次々と出てくる。

この先が楽しみだな。

2012年2月24日 (金)

『ニーチェの馬』

町山ちゃんに薦められていた映画

『ニーチェの馬』を観る。

期待してる映画を観る時、

俺はいつも一切事前情報を入れないようにしている。

予告編では目を閉じる。

これが今回の失敗の原因だった。

主人公の堅物そうなおじさんを、

俺は何の迷いもなく

ニーチェだと思ってしまった。

きっとニーチェの晩年を描いた映画なのだろうと。

ところが映画が始まると、

ほとんどセリフがない。

セリフどころか、

登場人物もおじさんといい年の娘。

そしてくたびれた馬。

物語も、ものすごい暴風を、

石造りの家の中で6日間ひたすら耐え忍んでる話。

ニーチェって、最期はこんな貧乏だったんだ。

でもニーチェなんだから、

きっと、この苦境から

哲学めいた事を言うんだろうと思って待っていたが、

言う気配すらない。

カメラは異常な長回しで、

親子の単調で厳しい日常を追う。

ニーチェ、そろそろ何か言えよ。

難解な言葉で俺に何かを問いかけてくれよ

と思ってるうちに、

6日目、

井戸の水もランプの油もつきたところで、

映画は終わってしまった。

上映時間150分あまり。

長かった。

さすがに気になり、

パンフレットを買うと、

この主人公、ニーチェではなかった。

ニーチェの馬の逸話とやらに

インスパイアされた物語という事だけで、

ただのおじさんだった。

生きるって大変なんだよっていう映画だった。

ある意味、独創的な映画ではあるのだが。

この映画から教えられた哲学は、

“簡単なすじぐらいは

 知っておいてもいいんじゃないの”

という事だった。

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